平成20年4月、村上市・荒川町・神林村・朝日村・山北町の合併により、村上市消防団として、新しく生まれ変わりました。
現在、村上市消防団は、5方面隊・23分団(定員2422名)に編成され、活躍しています。
消防団は、消防署と同じく「消防組織法」に基づいて設置される自治体の消防機関です。
>>組織
団員は、各自の仕事を持ちながら「わがまちを災害から守る」という使命感のもと、地域の防災リーダーとして幅広い活動を行っています。
村上市消防団長 平方隆利

村上市消防団は、自治体消防発足以来、「自分たちの地域は、自分たちで守る」という深い郷土愛護の精神のもと、かけがえのない市民の生命、身体及び財産を災害から守るため、日夜、献身的に活動を続けています。
近年、職住分離の進展、少子高齢化社会の到来、国民意識の変容等社会環境の変化とともに、消防団を取り巻く状況も大きく変化してきています。
このような状況下、機能的な組織編制による活動能力向上、施設・装備の近代化、団員の処遇改善など、時代の変化に応じた消防団活動を目指し、合わせて活性化対策についても取り組んいますが、団員確保は年々厳しくなってきています。
今後とも「より魅力ある消防団」をめざし、次の基本方針に従い、具体的な検討事項を柱に、消防団が一丸となり、まい進したいと思っていますので、ご理解、ご協力のほどよろしくお願いします。
◆基本方針◆ 1 地域に密着した災害予防リーダーとしての消防団活動
2 地域の防災リーダーとしての消防団活動
3 地域づくりの担い手として誰からも愛され理解される消防団活動 ◆具体的な検討事項◆
@消防団を中核とした地域づくりの推進と消防団に対する社会的評価の向上、団員の福利厚生の充実に向けた取り組みの推進
A消防団施設の整備と装備の充実・強化
B常備消防と調整を図った災害対応活動とそれに主体的に取り組めるような対応と教育訓練の実施。団員の拘束日数の軽減と地域の協力体制の確立
C団員確保への積極的な取り組み(女性団員を含む)
D消防団員の存在、役割を認識してもらうための広報の実施。消防団に対する好感・共感を持ってもらうための広報の実施
村上方面隊の女性消防隊(第五分団)は、全国で一番早い女性消防隊といわれています。
村上市の海岸部の上海府地区に位置し、船で出漁している男たちに替わり、留守の地域を守るために結成されたとされています。
H15.10.23 第16回全国女性消防操法大会(横浜市消防訓練センター)に出場したときの様子
第五分団(上海府地区)は、「かあちゃん消防団」として全国的に有名ですが、その歴史を伝える資料は十分でありません。
そのわずかな資料に消防団の前身として現れたのは、大正3年の火災予防組合です。
この組合は、大正3年4月の新潟県令第29号火災予防組合規則により、各大字(各地区)ごとに設置したもので、下記の残されていた資料は、吉浦地区のものですが、他の地区も同様と思われます。
| 名称 |
上海府村大字吉浦火災予防組 |
| 設立 |
大正3年3月8日 |
| 組合長 |
三浦伝次郎 |
| 副組合長 |
三浦喜一郎 |
| 組合規則 |
1 4月1日から7月31日まで7ヶ月間 2 毎夜、当番制で不寝番を配置して警戒にあたること。なお、組合当番と消防組警ら当番とが重なったときは、組合当番は免除する。
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羽越線は、大正3年11月1日に村上駅まで開通しましたが、その当時、県内の既開通区間の沿線では、茅葺屋根に飛ぶ機関車の排煙などによる火災が多発していたため、各村は、火災から守るために大変な努力をしていたことが伺えます。(羽越線開通 村上〜府屋間の開通 大正13年7月31日)
当時の消防団は、村上警察署の監督下に行動しており、主力は男性でしたが、鉄道の建設により、上海府地区に発展していた小型帆船による、回船業の経営を圧迫し、その結果。徐々に大企業の船に乗り換える船員が増え、そして外航船員が多く、家を空ける男性が多くなりました。
そのため、昭和初期には、女子の消防組を組織しました。そして、女子応援隊と呼ばれ、白いハチマキを締めている姿が写真に残されています。
後に消防組は、上海府村警防団となり、女性が主力となってきました。昭和15年撮影の写真によると、柏尾が上海府警防団第3分団と称し、ほとんどが女性で占められています。
これは、昭和22年まで続き、そして昭和23年に自治省に消防庁が開庁され、警防団から消防団と改組されて上海府消防団となりました。
これは、全国で一番早い女子消防団と言われています。
昭和28年、町村合併促進法によって市制施行を促し、昭和29年3月から村上市消防団第5分団となって現在に至っています。